sweetDAIVANのブログ

趣味の中で比較的人の役に立ちそうな情報をまとめる

DJ社長をなぜか10年間見守った

2016年からずっとうっすらとレペゼン地球を追いかけていた。

応援しているというほどのファン活動はしなかったし、曲に関してはXOXO以外ロクに聴いていない。

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ライブなどのイベントにも一度も参加していない。グッズも持っていない。クラファンにも参加していない。あらゆるファンクラブにも一度も参加しなかった。いわゆる無銭であり、ファンのカーストでは最もヒエラルキーの低い存在である。というか、自分でも自分をファンだと思っていない。ただ、動画はアップされた当日に必ずチェックする程度には追いかけていた。

私はDJ社長のことを見ていたかった。彼という人物がどうなっていくか、見せてくれる限りは。

何故ここまで捻じ曲がった執着が生まれたのか考えると、自分に似た人間がどんな顛末を迎えるのかを確認したかったからだ。

今日でその確認作業が終わったので、これまで私が10年間追いかけてきた彼の姿を、ここで節目として書き残しておこうと思う。

 

 

1:楽しそうな孤立(2016〜)

初めて彼の存在を知ったのはツイッター上でのことだった。

見るからに治安の悪そうな、得体の知れない不良の男たちが、謎のバーカウンターで汚い遊びに興じている短い動画が、フォロワーからRTされてきた。

確か社長、ふぉい、銀太の3人がカラコンを入れようとしてもなかなか入れられないというだけの動画だったのだが、内容というよりは、自分が一生関わることのないであろう人々を間近で観察できることの面白さに惹きつけられて、少しずつ動画を見るようになっていった。

当時の彼らは「過激」をモットーに、様々な不潔な動画を撮っていた。過度な飲酒、嘔吐、飲尿、暴力、破壊行為などを撮り続け、それを笑い物にする。コンテンツとしては全く面白くなかったが、自分の知り得ないものを勉強するような気持ちで見ていたと思う。普段の自分は、映画や小説や漫画など、基本的に机に向かって勉強してきた人でなければ描けないものばかり見ているから、それと全く異なる感性の人たちが作り出すものに興味があったのだ。今ならショート動画等でそういうコンテンツはありふれているが、2016年当時はまだ目新しかった。

学んだことといえば、全ての動画ではないが、いじめる側といじめられる側の攻守交代を取り入れて、ヘイトのバランスを取ろうとしている印象があったことだ(たとえば初期の動画では、社長がいじられ側になっていることが多い。指示役の社長が部下からいじめられることでバランスを取る)。まるでいじめをプラマイゼロにしようとするような動きだと思った。ヤンキー社会の連帯感ってこういう感じなのかな?

そんなことを考えながら何本目かの動画を見ていた時、ふと気づいた。

社長はあまり笑わない。

いや、楽しそうではある。いつもニヤニヤしていて、笑う時は含み笑いである。ただ、他メンバーが口を開けてよく大笑いするのに対して、いつも社長は押し殺したような笑い方しかしないのだ。単にそういう人なだけかもしれないが、仕掛け人なのに、なぜか周囲から浮いているように見えた。

彼はこの空間の主犯なのに、この空間で笑えない人なのかもしれない。

それに気がついた時、私は彼を追いかけることに決めた。

 

***

 

私は社長にしか興味がなかったので、社長が一人で話している動画が好きだった。

特に気に入っていたのは「タバコをやめたいあなたへ」「仕事を辞めたいあなたへ」である(公式では削除されているが、検索すると転載動画はまだ出てくる)。

どちらも当たり前のことしか言っていないのだが、当たり前のことを整理整頓して堂々と発信できるのはすごい。しかも彼の言葉は自分の経験に基づいているからなのか、やたらと説得力がある。

というか、声質が良い。聴いている人をボーッとさせる力のある声だ。典型的な良い声ではなく、むしろユーモラス系なのだが、そこが聞き手に隙を作るので、かえって危ない。最初は彼が詐欺師にならなくて良かったと思っていたが、むしろ詐欺に遭いまくっていて笑った。後年の暴走はもはや(故意ではないとはいえ)詐欺に近いものもあったけど。

 

 

2:彼以外の全員が救われて、彼だけが救われない(2018〜)

2018年、DJ社長は「好きなことで生きていく」という動画を発表した。ファンの間では「40分動画」と呼ばれている長尺動画である。

最初にこの動画を見た時、私は「仕事をやめたいあなたへ」のことを思い出した。その中にあった「辞めたいならさっさと辞めろ。この世の中腐るほど仕事があるのに、やりたくもないことに人生の大半を使うな」というような言葉は、バイトを辞める側ではなく、辞めていく従業員たちに対する無念を、彼が彼自身に納得させるために考え出した言葉だったんだとわかった。

それに気づいた時、社長って結構優しい感性の持ち主なんだなと思った。自分から離れていった人たちを憎まずに済むように論理を組み上げる。「辞める奴は何も悪くない、辞めようと思われた会社が悪い」と原因を100%自分に帰結させる。

実際それは正論だが、正論によって彼だけは救われないのが、彼にとっての盲点である。

本来健全なのは、「俺が悪いのは分かっていても、どんどん辞められるのはショックだった」くらいの、自責:他責=6:4くらいの位置だと思うのだが、社長はショックを受けることさえも自分の弱さ、捉え方の問題にしている。相手の罪を一切問わないことで、傷ついた・傷つけられたの関係性を完全に「無かったこと」にしようとしているのだ。

何があっても周囲を責めない。それによって、傷ついた体験自体を無かったことにする。その代わり、すべての原因を自分に求める。

「全ての悪い出来事の原因は自分」という彼の世界観において、彼は常に間違っている。社長の世界では、常に彼以外の全員が救われて、彼だけが救われないのだ。

伝説とまで呼ばれ、あらゆる人を勇気づけたこの動画は、確かにポジティブで活力に溢れる内容だが、「すべては自分次第だ」というメッセージに終始する。

内容だけ見ると嫌われる勇気のヤンキー版という感じなのだが、その後の彼の顛末を知った今振り返ると、彼の世界観の歪さを端的にあらわした動画だったと思う。

後年、彼は全顔を整形し、一日一食の食生活やグルテンフリーなどにこだわり始め、自己啓発のようなフレーズを頻繁に口にするようになる。うまくいかないことが起こるたび、諸悪の根源である自分を「正さなければならない」と追い込んでいる姿の一環だったのだろう。

 

***

 

私が最初に社長に引きつけられたのは、空間の首謀者にもかかわらず浮いているからだ。

私にもその傾向がある。自分をきっかけに集まった友人同士が仲良くなっていき、私が一応中心にはいるものの、全員が私との距離は常に一定だったり。それはそれでいいよと思いつつちょっと寂しいので、たまに歩み寄ってくれる人がいるとすごく嬉しいのだが、それでも距離が縮まらなかったりするあの感じ。どこにでも居場所があるようで、どこにも居場所がない。誰とも目が合わない。中心にいるはずなのに疎外されている。抽象的な表現で伝わるかわからないが、抽象的な感覚を言葉にしているのでこれが限界だ。

その次のきっかけは、さっきの40分動画だった。「あらゆる傷ついた出来事を自分のせいにして解決する」という思考形式は、私が今までの人生で積み上げてきた世界観とぴったり一致していた。私と同じような思考で、こんなにヤンキーで、こんなに若くて人気がある人は、いったいどんな顛末を迎えるのかと興味を持った。

私は私が何を考えているかわからないから、自分に似た特徴を持つ人を観察することが自己発見になるかもしれないということも期待した。

 

3:信じてくれるのは自分だからではなく、自分の言っていることが正しいから(2019〜)

2019年、レペゼン地球は動画の毎日更新を始めた。

初期よりも凝った動画が増え、当時活躍していたyoutuberとのコラボも連発し、破竹の勢いで再生数を伸ばしていった。

注目度が頂点に達した時点でパワハラ炎上事件を仕掛け、ヤラセだったことをバラしたものの、そこでネット民の怒りを買って本格的な大炎上となった。

ざっくり言うと、当時会社に所属していた女性が「社長からパワハラをされた」とスクショ付きで告発し、さんざん同情を買って炎上させてから「パワハラなんてされてません、全部嘘でした」とバラす、というものだった。

この流れ自体は、レペゼンの動画内でよくあった、「いじめる側といじめられる側の攻守交代を取り入れてヘイトのバランスを取る」のノリに近いものを感じた。プラマイゼロにしようとする考えの変化形で、「そもそも最初から何も起きていませんでした」でゼロにできると考えたのではないだろうか。

しかし今回は内輪の話ではない。単純に、普段の彼らのノリなど知る由もない普通の人たちを騙しただけなのだから、ゼロどころか巨大なマイナスである。嫌われて当然だ。

そもそも、いじめ・いじめられのプラマイゼロも、本当は全く成り立っていない。2つの別々のいじめが起きているので、マイナスが2倍になっているだけだ。この感覚を麻痺させる力が社長の話術と声質には含まれていた。しかし、部外者にその魔法を届かせることはできなかった。

炎上マーケティングを仕掛けてまで成功させようとしたライブは中止となり、テレビ出演などの企画も立ち消えとなったようだ。レペゼンがお茶の間に進出するとしたらこのタイミングしかなかっただろうと今でも思う。

 

自業自得なので同情はないが、何故こんなことが起こったのだろうと考える。

先述のように、彼の世界観は「彼以外の全員が救われて、彼だけが救われない」である。

これによって社長の世界では、社長を犠牲にした平和が実現している。

では何故彼は、一人で全ての罪を背負わなければならないのだろうか。明確な答えはないが、彼自身の言葉を借りるなら「ゴミクズだから」である。

これが合っている間違っているは一旦置いておいて、ひとつ確かなのは「自分自身に対する圧倒的な客観性のなさ」だ。騙されても騙された自分が悪い。傷つけられても傷ついた自分が悪い。なぜなら自分は「ゴミクズだから」。……な、なんだそれ?

かと思えば、自作曲で「みんな違ってみんな悪い」という世界観も発信している。

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これもまた極端である。良い人もいれば悪い人もいるし、そもそも「完全に良い人」も「完全に悪い人」も存在しない。「みんな違ってみんな悪い」が成立するならば、「みんな違ってみんな良い」も同時に成立する。一人の人間には複数の面が存在し、見る角度によってそれが良さになったり悪さになったりする、というのが普通の感覚だ。なのに彼は、自分含め全ての人は「悪い」としてしまう。

みんな違ってみんな悪い→だから誰にも期待できない→全部自分が責任を負うしかない、という思考に容易に繋がるだろう。

彼の論理的思考は、普段はそんなに破綻していない。なのに自分自身が絡むと一気に崩壊する。幼児的万能感の対極というか、兄弟というか、とにかく自己イメージが大げさで不安定だ。

彼の世界において、彼には「世界一」価値がない。能力がない。影響力がない。だから自分の持つ魔力に自覚がない。

「いじめた奴をいじめ返せばプラマイゼロだよね」という明らかにおかしな論理を周囲に押し通せる異常な影響力を、大したことだと思っていないのである。なぜならば、彼の世界で彼は大した人間じゃないからだ。にもかかわらず周囲がその論理に納得したのは、その論理が「正しいから」だと処理する。

自分の価値を最底辺に置いているからこそ、周囲が従ってくれる時、「自分だから信じてくれる」ではなく、「自分の言っていることが正しいから信じてくれる」のだと思っている。

別の動画で、「自分が人気者になれたのは全てビジネスのおかげだ」と熱弁を振るっていたこともあるが、だったらビジネスマンは誰でも有名人になれるだろう。

借金を返すために「有名人になろう」と決意した感覚とか、ビジネスの知識を「ここならいける」と判断できた感性とか、そういう自分固有の資質に対する評価がとにかく抜けているのだ。だから、自分ではなく、自分を助けてくれたビジネスが正しいと本気で思っている。

この性質と、周囲を納得させてしまう魔力との食い合わせが非常に悪い。社長の感覚が狂うと、皆が社長と手を取り合って正気を失ってしまうのだ。社長が「ビジネスはすごいんだ!」と熱弁したら、周りの皆は「ビジネスすごい!」と思ってしまう。外野はそんなわけないだろと思うのだが、外野なので影響力を持たない。

結果、彼を中心としたサークルは正気を失いやすい。

パワハラ炎上騒動は、そういう彼の特性がすべて悪い方向に出たひとつの結果だったと思う。彼にとってあれはいつものノリであり、いつものノリだから正しいと本気で信じていたんだろう。

彼の世界において世界一無力な彼にとって、「正しいから/利益になるからできる」が全てであり、「自分だからできる」とは思っていないのだ。

 

 

4:世界に許されたい(2020〜)

その後運悪くコロナ禍が始まり、炎上とは別の理由でライブ活動は難しくなった。

結局2020年12月末に解散ライブを開催したが、実際には名義を変えて世界進出することを発表。裏でも色々揉めていたことがわかったりと、すったもんだの状態が続く。

この時期は迷走期間と言って良かったと思うが、何よりも社長が掲げていた「世界一」のスローガンにいまいち具体性が無かったのが一番の問題だったと思う。

「世界一」の内容が不明瞭だったのは、彼らの方向転換が彼らの意思によるタイミングではなかった事情もあるため、緊急で取り付けた仮看板のようなものだったからなのではないかとも推察するが、それにしても最後まで曖昧だった。

何の分野で世界一になるのか?音楽?DJ?知名度?収入?全てを得るのだとしても、どこから攻めるかくらいは明確にしなければ話にならない。

それくらいは本来の社長ならばわかりそうなことなのだが、この時期から彼の正気はどんどん失われていく。全顔整形をして顔立ちが変わったことも影響しているが、話し方や目つきに落ち着きがなくなり、もともと早口だった喋り方は更に刺々しい勢いを帯びた。カメラに向かって常に目を見開いて話すようになった。

話している内容は、地に足のつかないものが大半となった。40分動画しかり、彼の話術は経験に基づいているのが魅力だったと思うのだが、頭の中で考えたことをよく語るようになり、時には「考えているだけ」のことを自信満々に語り出すようになった。

顕著なのは借金の返済計画だ。「○億円返せる」という予定について自信満々に語る時、私は何度「まだ返してないんだよね?」と思ったか知れない。

特に驚いたのは本田圭佑との対談動画で、社長が本田の顔ではなくカメラをずっと見続けて話しており、見かねた本田から「顔を見て話しませんか」と指摘されていた。過去の社長は、目上の相手と話す時には必ず体ごと相手のほうを向き、グラスの位置は必ず相手より低く構える等、ちょっとコテコテなくらいビジネスマナーに気を遣っていたのだ。

たしか後日の配信で「カメラを見ながら話すのが海外流だから」みたいなことを言っていたのだが、そんな付け焼き刃の知識を日本人の本田の前で試す意味がわからないし、今までの自分のスタイルが出してきた成果について軽視しすぎだと思った。あれも自分には魅力がないという前提が作り出した勘違いの一つだったのだろうか。

 

こうなったのには色々な要因が絡んでいるのだろうし、画面越しではわからないことも多いが、明らかなのは「ストレス過多」だっただろうということだ。

まず単純に働きすぎだったことと、ドームでのライブを成功させるという夢が叶ってしまったこと。一説によれば、人は大きな不幸だけでなく、大きな幸福にもストレスを感じてしまうため、大成功をおさめた後の人にも精神病のリスクがあるという。

また、事業拡大のために多額の借金を負っていたことも間違いなくストレス要因だっただろう。

人前に出て活動しながら、何をどうやって世界一になるかのプランを「冷静に」考える余裕は、当時の彼には全くなかったと思う。彼の世界は彼のワンマンで回っているが、彼の世界で一番間違っているのも彼であるため、一度袋小路に入ると誰にも相談ができなくなるのは、想像に難くない。

彼は「俺ならできる、俺には俺がついている」という歌詞を書いていたことがあるが、だったらその俺のことをもっと信じても良かったんじゃないかと思う。

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彼の視点では信じていたのだろうけれど。今この歌詞を振り返っても、彼の中にいる彼は彼を勇気づけているというより、ひたすら駆り立てているように思える。

 

***

 

世界一というスローガンは仮看板として緊急で設置されたもの、という仮説を立てたが、だとしても何故とっさに出てくる目標が「世界一」なのか?

彼の世界観に照らし合わせれば想像できる(ちなみに世界一を目指す前は日本一を目指していたので、目指す方向性は本質的に変わっていないと思われる。ただし、日本一を目指していた時代は「ドームでワンマン」という具体的な目標がセットで掲げられていたので、迷走感はなかった)。

繰り返しになるが、彼の世界観は「全ての悪い出来事の原因は自分」。彼は常に間違っており、常に彼以外の全員が救われて、彼だけが救われない。正論を突き詰めて、結局全部自分が悪い、と結論づけてしまう。

そんな世界に一番困っているのは彼自身だ。

だから彼は「世界」に許されたいんじゃないかと思う。

そのためには「世界一」有名になり、「世界一」の影響力を持たなければいけない。地球を代表し、日本一になり、世界一になれば、世界に許されて、自分を信じられるようになる。

後期、彼はトレードマークだった長髪を剃って丸坊主になり、自分のことを「神」「崇めよ」と冗談めかしてPRするようになった。ふざけてやっていることとはいえ、自分しか信じられるものがなく、この世の全ての元凶が自分であると考えている人間の自己イメージとして「神」は、あながち遠くないと思う。

とんでもない孤独な世界観である。また、その世界観によって損をするのはおもに彼一人であり、この世界観を解読するメリットもないため、外部から改善のアプローチを受ける可能性は低い。迷惑をかけられたら離れるのが正解だからだ。

 

***

 

2023年の年末、社長は失踪した。メンバー間での軋轢が理由だと言われているが、その一件だけではなく、いち視聴者からも見えていたストレス過多の状況が限界を迎えたのだろう。

どんな理由であれ、約束を守らずに逃走するのは、社会人として許されることではない。一言でもけじめがあれば状況は違っただろうに、社長が不在の間に方向性を見失ったメンバーたちは次々に会社を辞めていった。可哀想な話だと思う。

私が一番意外だったのは、銀太が会社を辞めていった際に社長が発表した曲だ。

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女々しい未練のような内容で、社長の得意な正論で銀太の矛盾を責めている。

しかし、社長が失踪した会社を辞めるという当たり前の判断に対して「お前が悪い」と言い出すのは、かなり珍しいと思った。「辞めようと思われた会社が悪い」と反省していた姿はどこにもない。うっかりの失言とかですらない。本気でこれを伝えようとしているのだ。

これは社長、わりと正気を失っているのかもしれないなと思った。

少しは人のせいにしたほうが良いと思っていたが、今回に関しては、どんなに相手に悪いところがあったとしても、いきなり失踪した時点で社長に非がある。その大前提が見えなくなるくらいに憔悴して傷ついていたのだろう。

単純に銀太のことをかなり好きで信じていたのかもしれない。自分しか信じられるものがないという社長の世界において、無条件で信じても良いかもしれない相手、という位置にはいたのだろう。ただ、最悪のタイミングで最悪の甘え方をしたから応えてもらえなかったのだ。

相手は恋人でも家族でもないし、たとえそうであったとしても、勝手な期待はいつ裏切られてもおかしくない。それが分かっているから自責の世界に生きてきたはずだ。なのに極限まで弱った時に、自分の世界が間違っている可能性に賭けて、やはり裏切られたのだ。

冷静に見れば裏切られたわけじゃなくて、普通の判断をされているだけなんだけども。

 

 

5:青春の終わり(2023〜)

結果、彼の世界観は以前通り、あるいは以前以上に強固になった可能性が高い。その後も暴走は続き、メンバーは全員脱退&解雇。会社は縮小しているらしい。過去の動画は非公開にしており、かつて栄えたyoutubeチャンネルは開店休業のような様相を呈している。

現在は結婚して子育てを楽しんでいるようなので、その中で何か変わっている可能性もあるが、放置しているファンへの対応の雑さを見ると、人を大事にする・されるということの解像度はいまだに低そうだと感じる。それは彼が彼自身を大事にしていないことの裏返しである。

2025年末の解散ライブについてはいまだに詳細が発表されていないらしい。

そんな中、社長は突発で参加費無料のトークライブをやると言い出した。一度は削除した40分動画を再掲しての宣伝だった。録画や録音は一切禁止。理由は「その方が面白そうだから」とのこと。

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これを見た時に、私は「DJ社長は終わったんだな」と思った。

目立つためならなんでも使う、なんでもやるという貪欲な姿勢はもうない。リスクは取りたくない。そりゃそうだよ。歳だもんな。と思った時に、じゃあもう見届けたのか、と思った。

私は社長の顛末を、一切手を出さずにどうなるか見届けたかったから、今までエゴサに引っかからないように、本人をフォローしないように、影響力を少しも持たないように、なるべく話題を出さないように気をつけてきた。しかしそれも今日で終わりだ。

私が10年も彼を見守ってきたのは、愛情の欠乏を埋めるための捨て身の努力は報われるのか、どんな結末を迎えるのか知りたかったからだ。自分にもそういうところがあり、しかし捨て身にできる肉体は持ち合わせていなかったから、肉体を使ったらどうなるのか知りたかったともいえる。

意外にもあっさりと、彼の人生は「仕事を縮小して家庭を持つ」というオチに収束した。

彼の人格や境遇を考えると、奇跡的なレベルで平和な着地点だと思う。確かに、愛情や承認を世界に求めるより、家庭から得たほうが効率が良いよな。そこは合理的なんだ、と結局面白くもある。というか、その合理性に気づいていなかったから、世界一を目指しちゃっていたのかもしれないが…

しかし、社長の経歴を聞かされて一番ビックリするのって何だろうな。やっぱり全顔整形かな。

 

 

6:見届けた感想

私は社長に対する感情が何なのかずっとよくわかっていなかった。でも10年見守り、9000字の文章を書けるくらいには、単純に好きだったんだと思う。声が好きで、あと顔も好きだった。整形した人に対しては禁句だとわかっているけど、整形前の顔が好きだった。ほんとごめん。一般的には整形成功と言われているらしいし、その意見にも納得しているから許してくれ。

そして、なんでも自分のせいだと抱え込んで平気な顔をしてみせるのを「かっこいい」と思ってしまう中二精神が、私の中にもあったのも、ここまで見守ってしまった理由の一つだと思う。

でもやっぱり、自分を慕ってくれた社員が、会社が傾いたと知るや否や辞めていったら、傷ついていいし、責めていいと思う。「辞めようと思われた会社が悪い」なんて言わなくていい。どんなにダサかろうと適度に他責もしていかないと、肝心な時にバランスを見失ってトンチンカンなことを言い出すし、最終的には周囲を巻き込んで自爆してしまうということを、学ばせてもらった。

彼を熱心に応援してきた人ほど辛い目に遭っている現状は、彼が彼を大事にできなかったことの投影であり、やはり彼の責任だろう。「悪いことが全部自分のせいで起こっている」という思い込みを見事に実現しているともいえる。

私も自分を好きでいてくれる人たちを辛い目に遭わせていないか、もし遭わせているとしたら、まずは自分自身を振り返り、ちゃんと自分を大事にできているかを確認しなければいけないと思った。

私を好きな人たちは、私の幸福と安全を願ってくれているはずだから、それを確保する責任が私にはある。それは私のためだけじゃなくて、周りの人のために負っている責任だ。世界に対して果たさなければいけない最大にして唯一の責任はこれなのかもしれない。

まさか社長を10年見守ってこんな結論に至るとは思わなかったが、ありがたい教訓を得たと思っている。

いつか、彼を応援してきた人たちが「応援して良かった」と言えるようになっていたら、その時は中心にいる彼も本当に幸せになれているんだろう。

お世話になりました。これからも引き続き遠くから見守っています。

SCARSの歌詞を考察するオタクの深読み早口長文

SCARSって良い曲ですよね…

youtu.be

hideを知っていれば「意味深」と感じる歌詞の代表格です。「4文字のタトゥー」「お前の横顔」など、意味深な比喩っぽいものが頻出するけれど、それらが何を指しているのかわかりそうでわからないので、考察したくなる歌詞だと思います。

私もその一人として、長年のオタク活動で培った深読み能力をフル活用し、最初から最後まで考えてみました。

HIDE自身はこの曲で何について書いたかは言っていません。正解はわかりません。

正解のないことを考えるのが趣味の人が書いています。そういうのを読むのがお好きな方の暇つぶしになったらうれしいです。

 

 

 

SCARSの基本情報

1996年11月18日発売

アルバム「DAHLIA(1996年11月4日発売)」からのリカット

XJAPANでは唯一のHIDE作シングル(jokerは両A面)

SCARSの前身となるSCARS ON MELODY(歌詞そのまま)は1994/12/30の時点で発表されているが、

YOSHIKIが「melodyの響きが気に入らない」と言ったことが理由で、「SCARS」にタイトル変更された。

 

 

発売当時の状況

1992年にベーシストのTAIJIが脱退させられ、新メンバーのHEATHが加入。世界進出を掲げ、バンド名がXからXJAPANになった。

世界進出の足がかりとなるアルバムとして構想されたDAHLIAは、1993年から3年間にわたる過酷なレコーディングの末、結局日本向けに発売。

SCARSはDAHLIAの発売後にシングルとして発売された。

発売翌年の97年末にXJAPANは解散。

 

 

最初に聴いたときの印象

XJAPANのその後の展開や、発売当時の状況を知っていたのもあり、

「HIDEが周囲に対してものすごく喧嘩を売っている歌詞なのかな?」と思いました。

露骨に悲しそうだし、怒っているんだけど、誰のために、誰に向かって、何を怒っているのか?は分かりそうで分からない感じ。

 

歌詞とは関係ない部分の考察

SCARS ON MELODYとSCARSは、歌詞の内容は同じですが、演奏がところどころ違います。

一番大きな違いは、SCARSになってからはイントロでHIDEが歌詞を読み上げるようになった点です。

この演出かっこよくて大好きなんですが、「MELODY」が無くなったからかな〜?と思っています。

 

 

歌詞考察

唇からこぼれ落ちる錆びた爪のかけら

舌に残るその苦みが傷をこじあける

 

XJAPANを知っている人なら、「錆びた爪」から同アルバムDAHLIA内に収録されている「Rusty nail」を連想すると思います。

ここはそれを狙ったダブルミーニングだと思います。

「爪」って、腐るけど、錆びないと思いませんか?

しかも唇からこぼれ落ちるってことはくわえています。

切った爪(しかも錆びてる?)をくわえている状況、そのまま読んだらよく分かりません。

錆びた爪」は「ギターのピック」じゃないかと思います。

ピックならくわえるのも自然だし、錆びたピックをくわえた後なら、苦みが残るのも自然です。

錆びているということは、使い込んだ古いピックです。

古いピックの苦みが「傷」をこじ開ける。

そのピックがまだ苦くなかった昔の思い出(トラウマ)が蘇る、という感じのシチュエーションなのがわかります。

また、あえてピックで時間経過を表しているので、バンド絡みのトラウマなのかなあ、とも想像できます。

 

流し込め今セルロイドの夢を

ふさがる傷痕に4文字のTATTOO

 

セルロイドといえばCDディスクの原料です。

これを流し込むと、先ほど開いた「傷」は「傷痕」になって「ふさがる」のです。

ここは分かりやすく、CD(=音楽活動)を売って生計を立てる夢が叶った現状によって、先ほど思い出したトラウマは影をひそめるけれど、傷痕になって残るということでしょうか。

TATTOO」ですが、HIDEにとってタトゥーは「セルロイドの夢」=「アーティストとして生計を立てる夢」が叶わなければ、入れることのないものでした。

本人はタトゥーについて聞かれた時「オシャレで入れたわけではない」「バンドメンバーのTAIJIの付き合いで入れた」と答えており、

負い目から「家族にはしばらく経つと消えるって嘘をついた」とまで言っています。

HIDEの入れたタトゥーの図柄には、サーベル(サーベルタイガー、HIDEがX加入前にリーダーを務めたバンド)に青い薔薇(Xといえば薔薇!!)が巻きついています。

また、後にspread beaverで活動を始めた際には、その図柄の上からトライバル柄のタトゥーを、spread beaverのメンバーと一緒に追加しています。

これらのことから、HIDEにとってのタトゥーは「アーティストである自負」の象徴だったのではないかと思います。

ここで「4文字」ですが、HIDEにとって「アーティストである自負」を象徴する4文字は「HIDE」だと思います。

ふとしたきっかけでトラウマが思い出されても、夢を叶えるために作り出したHIDEという存在が蓋をする、ということでしょうか。難儀ですね。

また、「傷痕」と「タトゥー」は連動して増えることから、

SCARS=傷を塞ぐ4文字=HIDEとも取れます。

また、「hide scars」で「傷を隠す」という意味になります。

そして、「hide scars」で画像検索すると、傷や痣などを隠すための鮮やかなタトゥーの写真がたくさん出てきます。

無数の傷痕を隠す色鮮やかなタトゥーがHIDE。まさにHIDEっぽい歌詞だなって思います。

また後年、spread beaverでHIDE(hide)は「leather face」という、表面だけ取り繕ったハリボテの自分を揶揄する歌を書いています。レザーフェイスは、爛れた素顔を仮面で隠しているキャラクターです。自分は傷痕だらけであるというイメージがあるんでしょうかね。

 

ずれ始めたリズムの中 乱れ踊るメロディー

 

この歌詞だけでは判断できませんが、後半の内容を踏まえると、リズムがずれるのは、旧ベーシストのTAIJI不在を指していると思います。

新ベーシストのHEATHもすごいのですが(SCARSのベースラインとか、素人でも分かるくらいすごい)、

TAIJIは走りがちなYOSHIKIのドラムの近くに行き、リズムを調整する役割をよく務めていました。

しかし、X後期のTAIJIスタジオミュージシャンに降格し、それに伴って初期の派手なパフォーマンスは無くなっていきます。

そして彼が脱退し、ドラムの暴走が増えます(YOSHIKIの持病悪化の影響もあると思いますが)。

白い夜」で演奏された紅は顕著で、面白くて好きな映像ですけど、演奏としては完全に破綻していました。

SCARSの旧タイトルは「SCARS ON MELODY」なので、メロディーという歌詞にも注目できます。

この時点でのメロディーは「乱れ踊る」ようです。

(2022.12.4追記)

上記「乱れ踊るメロディー」の解釈はこの記事を書いた時点で考えていたものです。

消さずに残していますが、今考えるとこの意味だけではないと思います。

もう一つの意味については、最後の方(ラスサビのあたり)に追記しました。

こんなに比喩だらけの曲でここだけ直球な表現するわけなかったな…と今になって思います

 

かけ違いのボタンでさえ気づかず奏で続けた

色のない華にまみれて踊れ

 

ずれるリズム、かけ違いのボタンなどの言い回しから「すれ違い」のイメージが浮かびます。

ここまでの流れからいって、すれ違いに「気づかず奏で続けた」のはHIDEです。

気づけなかったのは、HIDEであることに必死だったからではないでしょうか。

色のない華はなんだか分からなかったのですが、冒頭でrusty nailを引っ張ったりしてるので、DAHLIAを皮肉っているのかなと思いました。

DAHLIATAIJI脱退後のアルバムです。

自分のことに必死で、何かが「ずれ始めた」時に気づけなくてこの結果を招いたのだから、

色のない華→DAHLIAでも滑稽に踊り続けろと、作者(松本くんとします)がHIDEに命令している感じですね。

 

横たわる詩にキスを与えよう

 

」は曲中で何度も出てくる言葉です。

そして、キスという表現がhideの日本語詞に出てくるのはSCARSだけ、だと思います(beauty&stupidにも出てくるけど英語の部分)。

ラブソングが少ないのでキスとか言うのが珍しいです。

後で書きますが、たぶん口封じなのではないかと思います。

 

風に溶けて流れるお前の横顔

切り裂いてやりたいと傷口を欲しがる

 

普通に読むと「傷口が開く痛みを、お前にも味わわせたい」という内容です。

しかし、傷口を「欲しがる」ので、「傷口が開く痛みを欲しがっている」とも取れるんですね。

痛みを味わわせたい「お前」は、難儀な状況を作り出している元凶でしょう。

「お前」は「風に溶けて流れる」ので、実在していない存在です。

苦しみの元凶かつ実体のない「お前」は「HIDE」でしょう。

傷口が欲しくても、HIDEによって塞がってしまう。

HIDEであることに一生懸命だったせいで、ボタンの掛け違いに気づけなくて、こんなことになった。

苦しいことが全部HIDEのせいで起こっているのです。

そりゃ切り裂きたいよね…

しかし、松本くんによって作られた偶像のHIDEには実体がないので、傷はつけられません。

ところで切り裂いてやりたいと傷口を欲しがる」って不思議な文章ですよね。

「切り裂いてやりたい」なら傷口を「与えたい」人だし、

「傷口を欲しがる」のは「切り裂かれたい」人じゃないですか?

でも、切り裂きたいと思っている人と、傷口を欲しがっている人が同一人物とすれば、意味が通ります。

「傷口」は、セルロイドの夢のためには塞がなければならない過去でした。

ふとした瞬間に過去を思い出すと感じる痛みや辛さ(本音)を、作り物であるHIDEが覆い隠してしまう。

痛いし辛いけど、本音を出したい(傷口が欲しい)。

本音をぶちまけて、HIDEなんて捨ててしまいたいという、やけっぱちな心理状態が見えてきます。

でも、傷口はwoundです。scarは傷痕です。

タイトルはSCARSなので、何度も傷口は開いたけど、その都度傷痕になって塞がってしまったのです。

 

君の壊れたメロディー 二度と交わらず

消えてくれ 叫んでも 明日もまた同じ影を着たままで

 

」という新キャラが出てきました。

また、さっき乱れ踊っていたメロディー「君」のものだったことと、もう壊れてしまったことが分かります。

何に消えてくれと叫んでるのかはわかりません。影がなんなのかもわかりません。ここはお手上げ!!1番サビのラストなのにわからん!!!

 

2度と語ることもない詩達に祈りを

まぎれもなくいつくしみを分かち合った日々を

 

また「」が出てきました。さっきは横たわっていたのが、2度と語らないに悪化していますが、キス=口封じをされたからかなと思います。

「慈しみを分かち合った日々」は楽しい思い出ですよね。

冒頭で、昔の思い出が傷がこじ開けると言っていました。

あれは嫌なことを思い出して辛かったのではなく、

ピックが苦くなかった頃、楽しかった頃を思い出すと、現在とのギャップで、傷がこじ開けられるような痛みを感じるのだとここで分かります。

だから、傷をこじ開ける思い出は良い思い出なのに、今後もHIDEを続けていくために蓋をしなければならないのです。

 

耳の奥で泣きじゃくる詩の繰り返す声が胸をかきむしる

love brilliant scars

paint brilliant tomorrow

sing brilliant song for myself

ここまで正体不明だった「」ですが、横たわって語らないけれど、HIDEの耳の奥では泣きじゃくるということで、ネガティブかつ暗い印象です。

しかし、その「詩」の内容は意外に前向きでした。

「素敵な傷痕を愛そう」

「明日を素晴らしい色に塗り潰そう」

「美しい歌を自分のために歌おう」

こんな前向きな「詩」が、なんでこんなに酷い目に遭っているのでしょうか?

私は、何度も出てくる「詩」は、「XのTAIJIと、XのTAIJIとして彼が作った作品」を表していると思います。

SCARSはTAIJIに向けて作られた曲なのでは?というのはファンの間でよく考察されていることですが、「詩」にまつわる部分がまさにそれだと思いました。

自分のために歌おうという言葉で思い出されるのは、voiceless screamingという曲です。

過労で声が出なくなってしまったボーカルのToshlのためにTAIJIが作った曲と言われています。

この曲はTAIJI脱退後、休止する97年まで演奏されませんでした。

素敵な傷痕って何?と思いますし、いろんな解釈ができると思うのですが、

SCARS=HIDEだとすれば、TAIJIはHIDEに「自分を愛せ」と言ってくれたのかなあ?と予想しましたがどうなんでしょう?

HIDEとTAIJIのエピソードで思い出すのは、HIDEが自殺すると騒いで包丁を出した際、それをTAIJIが取り上げてどこかに隠したけれど、隠し場所が誰にも分からなかったという話です。

自殺を止めるためにそこまでしてくれる人なら、自信のないHIDEを元気付けることはあったでしょう。

でも、元気付けてくれた人はもういません。

明日を塗り潰そう、はこの後出てくるので省略します。

そして、前半に出てきた「詩にキスを与えよう」ですが、

詩は語らなければ誰にも聞こえないのだから、キスされたら存在しないのと同じです。

動かなくなった「詩」を、「二度と語らない」状態にまで貶めたのはHIDEだと思い詰めてるようにも見えます。

TAIJIが脱退させられた理由は謎なので何とも言えないけど、さすがに自分を責めすぎじゃない?と思いますが、HIDEっぽいなあとも思います。

 

いつか2人望んだ明日の景色は

紫の香り立つ幸福にまみれた

 

この「2人」は、1番サビの内容と、次に書かれる内容からして、松本くんとHIDEだと思います。

スターに憧れるけど繊細な松本くんが、夢を叶えるためにHIDEを生み出したというのは、HIDEの発言や人柄を見ていると分かることです。

HIDEはスターになるために生まれました。だから、松本くんが気にすることも、HIDEなら気にしません。これが「傷口が塞がる」理由だと思います。

松本くんが傷付いても「これはHIDEだから」「HIDEになるためだから」と思えば痛みが和らぐか、無かったことに出来たのではないでしょうか。

そしてHIDEが人前に出て成功すると、松本くんも嬉しかったはずです。

2人の望みはかつて一致していました。ロックスター「HIDE」は2人で叶える夢でした。

そう思うと、前半の「切り裂いてやりたい」「傷口を欲しがる」まで悪化した関係性がより痛々しく映ります。

」は、HIDEがXのために初めて作詞作曲した「celebration」に出てくる色です。

希望に満ち溢れた内容で、収録アルバムである「BLUE BLOOD」をモチーフにとり、

「青い血のワインを世界中にばら撒く」=「アルバムの世界的大ヒットを大いに祝おう!」という、夢のある曲です(発売後本当に大ヒットしたのがすごい)。

祝いの席に必要なのは「紫のスモークとイリュージョン」でした。

たぶんHIDEの中で、紫は幸福の色、祝福の色なのです。

松本くんもHIDEも、紫色の幸福を夢見ていました。少なくともcelebrationの時期までは一心同体だったようです。

また、「」の中にあった「明日を素晴らしい色に塗り潰そう」とは、

青か紫かは分かりませんが、希望に満ちていた頃TAIJIと語り合った内容なのかもしれません。

 

今は白く開いた明日を待ちかねて

目を開き踏み出せば後ろ髪掴むお前の手が

 

紫色の明日は実現できませんでした。

今できる前向きな行動は、白くする→白紙に戻す、「XのHIDE」をやめて一からやり直すことです。

そんな明日を「待ちかねて」いる…

 

待っているんですよね…

 

ここがヒデ怖っ…と思ったポイントなんですが、

何もしなくても、「待っていればそうなると分かっていた」んです。

つまり、Xが終わることを分かっていたんじゃないかな…と思います。

この歌詞は、まだToshlが洗脳される前の1994/12/30には完成していました。

解散ライブのちょうど3年前です。

HIDEの人物評として「先見の明がある」とよく言われますが、東京ドームをパンパンに埋めて人気絶頂の中、自分たちの終わりを予見していたんですかね。

予想通りXは壊れてしまったので、「XのHIDE」も消えることになりました。

しかし、その日が来る前に、待ちかねて行動を起こそうとしたこともあったのです。

でも「お前」=HIDEに後ろ髪を引かれる。

HIDEが成功したのに嬉しくないのか?」ってことです。

松本くんにとってもそれは夢だったから嬉しくないわけないんですよ。

XでHIDEが大成功をおさめている現実が、本音に従ってやり直そうとする松本くんを引き止めます。

かつては同じ景色を夢見た二人が、同じ夢を見たせいで足を引っ張り合っているのです。

 

HIDEはXJAPANの解散をさんざん引き止めたと言われています。

本心は彼のみぞ知る…ですが、こんな複雑な葛藤を乗り越えてでも「続けたい」という気持ちが勝り続けたのだから、結局大切だったんだと思います。

解散後も「Xを辞めたつもりはない」って何度も言ってたしね。

 

君の壊れたメロディー 2度と交わらず

歪んでる旋律は俺の中でただ鳴り続けてるだけ

 

」はTAIJIのことだとして、

メロディーは、リズムがずれ始めた段階(TAIJIの影響力が弱まってきた頃)はまだ乱れ踊る元気がありましたが、彼がいなくなった今はもう「壊れて」しまいました。

なので、「君のメロディー」は、彼が作った曲というより、「TAIJIがいた頃(=X時代)の演奏、思い出」を指しているんじゃないかなあと思います。

それなら「交わる」って表現も分かるんですよ。HIDEの出す音が他メンバー全員の音と交わって演奏になるイメージ。

 

(2022.12.4追記部分)

メロディー=X時代=楽しかった頃」とわかると、思い出についての歌詞と繋がってきます。

楽しかった頃とは、「慈しみをわかちあった日々」であり「傷をこじ開ける思い出」でもある。

歌詞の中では「メロディー」と表現されている部分を、「楽しかった頃の思い出」に置き換えて読むことができます。

「メロディー」が乱れ踊るのは、演奏が乱れてしまったことだけを指していたわけではなく、

「楽しかった頃の思い出」が乱れ踊る=意図に反して頭の中にフラッシュバックする様子を表現していたと考える方がしっくりきます。

錆びたピックの苦みで、これが苦くなかった頃を思い出してしまった時と同じように、

演奏のリズムがずれ始めると、TAIJIがリズムコントロールしてくれていた頃、初期の楽しかった頃を思い出してしまう?

でも今は壊れてしまって、二度と交わらない…泣…

(/追記終)

 

最後に初めて一人称「」が出てきます。

ここの「俺」は、松本くんとHIDEを内包する自分全体のことかなーと思いました。楽しかったのは松本くんもHIDEも同じだからです。

楽しかった頃の演奏は、頭の中に焼き付いてるし、いつでも聴こえているけど、現実で出す音とそれが交わることは二度とない。

でもずっと鳴り続けてるよ、という情景ですね。

 

同情したり心配したり怖がったりしながらここまで読んできましたが、

2度と実現しないメロディーが流れているラストシーンには泣けてしまいます。

HIDEが自覚してるかは分からないけど、これは…ものすごいバンド愛の歌だね……

喧嘩売ってる曲とか早とちりしてごめん……と思いました。

 

2度と戻れないと分かってるのに、楽しかった頃が忘れられない。

もっと早く異変に気づけたら何か変わっていたかもしれないという後悔。

このまま行けば現状が崩壊して解放されると分かっているけど、それを早める行動は起こせない。HIDEのせいでしんどいけど、HIDEが成功したのは嬉しいから。

でも、楽しかった頃の演奏も、もういないTAIJIの優しい言葉も耳から離れなくて、思い出すたびに傷口が開くような痛みを感じるけど、仕事を続けるために痛みを押し殺してHIDEになることを繰り返している。

かつてはHIDEが大好きだったけど、今では自分自身を覆い隠す障害物になってしまった。

切り裂きたいほど憎いし、傷口を欲しているのに、実体がないから傷付けられない。

自分にできた傷は、その都度HIDEが塞いで傷痕になっていく。

この経緯で出来た沢山の傷痕=SCARSが今の「HIDE」である。

…と思ったんですけどどうですか!??!?!??

 

最初のタイトルは「SCARS ON MELODY」でした。

SCARS=HIDEとすると、「HIDE」という存在をメロディに乗せるとこうなるよという、壮大な自己紹介ソングだったんじゃないか…?と私は思いました。

HIDE文才あり過ぎない?

 

2022.12.4追記

久々に読み返して誤字等修正、「メロディー」についての部分を加筆

 

以下蛇足

SCARS ON MELODYというタイトルについてふと考えました。

SCARS=HIDE、MELODY=楽しかった頃の思い出と解釈すると、

思い出をHIDEが踏みつけにしている様子がタイトルになってるんですね…

メロディー取れってヨシキのアドバイスのおかげでちょっと救われたのかもしれない(?)